わたしの転機

報酬も感謝もない仕事

7年ほど前、お金をもらえなかった上に感謝もされない仕事をした。

フリーランスなので全て自己責任。我ながら、いまさら、ですが。

仕事ってなんだろう?とはじめて考えた最大の転機はこれだったと思う。

 

この気持ちをうまく伝えたくて、例えを考えてみた。

飲食店に例えるなら、ツケ払いされているお客さんがいて

その時点では友好的。「ここうまいよ」と人に紹介してくれたりしてね。

が、最終的に「ここはな、マズいんだよ!!」と逆ギレして

出て行ってそれっきり、、、みたいな感じ。

精神的ダメージ度でいえば、

さらに後日食べログにばっちり低評価を書かれる、

というおまけ付きレベル。

この例えが今のところしっくりきます。

 

結果的に自腹を切って嫌な思いをしたのか?

こんな仕事って、総じて急かされるもんだから、

気弱な者の習性として他の仕事を後回しにしてしまう。

結果的に他の仕事にも影響してうまくいかない。

これじゃあその膨大な時間、時給制のアルバイトをして

その分のお金をもらっていたほうが、よかったんじゃないだろうか。

 

さらっとこの出来事を知った人は、仕事なんだから嫌なことがあっても

仕方ないよ、てかお前が悪かったんでしょ、なんて思うだろう。

それで社会を学んだんだから、逆に感謝しなさいとすら思われそう。

それはそうだ。

私もどちらかというと、仕事に対してはつらい末に達成感を得るほうで。

そう思われても仕方ない。

でも、これだけは何年経っても忘れられないし、ずっと心にこびりついてる。

間違いなく自分が「仕事とは何かについて考える」転機だった。

トラウマとも言える。

 

お金はやっぱ必要なんだなぁ

その時、さらに私は人生初の一文無しになっていた。

「世の中お金だ」ってゲスな言い草だわねーなんて思っていたほうだけれど、

幼少期からお金に苦労したことがないから、

きっと自然にそう思ってたんだと思う。

サービス残業・営業と称したタダの提案プランを描いたりしてた。

 

 おまけにいい顔しいで好奇心だけは旺盛だから、

そんな儲からない上に忙しい状況にもかかわらず

「こんな仕事があるよー」と聞くと

「うっわー!やってみたーい!」という脳内になる始末。

そんなこんなで効率悪い仕事もやりまくり、お金が足りなくなっては

内緒で夜中アルバイトして日銭を嫁ぐことになった。

いくら30代前半とはいえ、ついに体力的・精神的にも限界が訪れる。

 

そういう時に、感謝もされない仕事があったもので。

このダメージは40歳を過ぎた今も、度々精神不安定になるくらい引きずっている。

 

やっぱり仕事であるならば、お金は稼げていなければならないはずだ。

やりがい、それもいいのだけれど、まず生活するお金だけは必要であると。

あたりまえのこと、身をもってわかった最初の転機だと思う。

 

好きな仕事をしている

私はずっと、好きな分野である建築設計という仕事をしている。

パソコンに向かって、黙々と図面をかいている作業も性に合います。

1日パソコンの前でも全く苦にならない。

むしろ人と会う営業的な仕事よりストレスが少ない。

細かいところのデザインや納まりを考えるのも好き。

 

一日中ずっと大好きなラジオを聴きながら作業できるのもいい。

 現場がはじまると、現場に顔を出して職人さんとお話もできる。

職人さんは、お話するととても面白い。

 

異業種交流会なんかでコンサルティング系の口が達者な人がいるけど。

口の達者な人と会話すると、確かに会話は続くけれど

私はどっと疲れてしまう。

不器用な言葉でも職人さんのほうが気が合うと思った。

 

独立してもフリーで仕事ができる職業だというのは、

就職して23年経った頃に気づいた。

いわゆる「アトリエ系」と呼ばれる設計事務所に入ると当たり前らしいが、

 組織系の設計事務所に就職して明確な目標もなかったので、

おそらく人より気づくのが遅かったようです。

 

やりたかった職業で、結婚しても家でやろうと思えばできる。

これはなんて素晴らしい職業だわ!とあらためて思ったもの当時。

そのまま20代後半まではなんとなく親も喜ぶような人生設計

(結婚して子育てをしてさらに家では仕事もして

をしていたなぁと懐かしく思います。

 

そして30歳ころ、半ば会社から逃れるようにしてフリーになった。

徹夜して達成感なのか悲壮感なのか、どうも感情がよくわからなくなり、

半泣きの状態だった私に対して、当時の社長が

「オレは徹夜しろとは言ってないよね?」と笑顔で言った出来事もあったな。

「自分でどーしても納得いかなくて徹夜しちゃったよ」みたく返した気がする。

どう考えても変な会話ですがよく覚えてる。

 

まさか一文無しになるとは思わなかったし、フリーになることにした。

こんな会社のしがらみも嘘も無くなると思って。

だから結構気楽な気持ちだった。

それに、根拠もなく自分はいつか結婚すると思っていたのもあると思う。

 

気の強い女性のイメージ

この年代で建設業をやってる女性はまだまだ少ないほうと思う。

私より上の年代はなおさらそうだった。

若い頃、年上でこの業界にてバリバリ仕事を続けている女性を見て、

なんとなく気の強そうな女性ばかりだなぁと思った。

 

単に気の強そうな人というとネガティブでしょうか。

私にとっては、ネガティブでもポジティブでもないというか

「自分の性格、このままではずっと続けるのはたいへんそう」という

漠然な気持ちで「これは、たぶんたいへんだぞ」と感じてました。

 

私の考えていた気の強い女性とは、

ズバズバ仕事を仕切り、まずは声がハキハキしていて、

会合で不意に壇上に上げられても堂々と喋ることのできる人。

化粧もくっきりとしていて素敵。

職人にも臆せず物申すようなカッコいい女性。

誰とは特定できないけれど、総合したらこんな感じです。

 

私はまずもって声が小さい。

電話に出たらよく「寝てた?」「かぜひいた?」と言われる。

「どうしよう」「すみません」とついつい口にだしてしまう。

昔から、なるべく、人前に出ないで生きてきた。

注目されるとうまくしゃべれない。3人以上が苦手。

だれかに客観的に見てもらったら、たぶん「向いていない」と言われそう。

  

ただ、建築設計をすることにとても魅力を感じていたし、

大学に入る頃からこの職業にとは思っていた。

資格試験も受けていたし、辞める選択肢は全くなかった。

何よりやればやるほど、とても「奥の深い」仕事だとわかったので。

 

奥の深い仕事

いまでもすごく感じるのですが、図面に描く線、ひとつひとつに

ちゃんと意味があるのは、当たり前だけれどすごいことだと思う。

 

たとえば、わかりやすく身近なところだと「テーブル」の高さ。

「高さ」ひとつでも、何ミリが最適なのだろうかと

考え始めると夜が明けてしまうのです。

 

椅子の高さにもよるし、使う人の使い方や体型にもよるし、、、

最終的には見た目の美しさバランスも関係してくるもの。

高さだけじゃなく、そういえば素材は何がいいんだろうとなる。

木製といっても、どんな木がいいの?めちゃくちゃ木の種類あるし。

仕上げの塗装もいろいろある。留め方もしかり。

あと、留めるねじの太さって何ミリなんだ?というのもあるし。

そもそもどうやって組み立てるか?コストを考えたらどうする?

 

いろんな場面で「一般的なものでいいよ」と言われることが多いのだけど、

一般的ってのもなんだか、考えてみるとよくわからないものです。

 

テーブルひとつでこうなのだから、建物全体をこの調子で設計するなんて、

本当に大変なことで、変に考えすぎると永遠にまとまらない。

これを全部わかって、調整して、ミリ単位で完璧な図面を描けるのは

80歳になっても無理じゃないかと。

 

これはあくまで飲み込みの悪い自分では、の話ですが。

いままで完璧に全部を理解して図面に表現できたことがない。

恥ずかしいことだが、考え始めると絶望するのでやめる。

時間が無いのでとりあえず、検討できない箇所などは

似た物件や過去の納まりのまねっこをしたりしている。

 

プライドの高い建築家の人が読んだら、ばかやろうと言うと思う。

けれども、自分でも恥ずかしいと思っていることだし

本当に隅々まできちんと設計し表現することって、

時間がかかるし、なによりすごいことだと私は思うのです。

 

建築と自分について

自分がそもそもどういうふうな建築の嗜好があるのだろうと、

いくつか、思いつく思い出をあげてみる。

 

今となってはイキって買ったとしか言いようのない磯崎新さんの本は、

あんなに時間のあった学生時代ですら読破できず。

カタカナ語が多いと思って、自分は頭が悪いのだと思って悲しくなった。

お金が無くなった時に古本屋に売ってしまった。もったいなかった。

 

社会人になってから原広司さんの講演を聞きに言ったが、

居眠りをしてしまった記憶がある。全く覚えていない。もったいない。

 

藤森照信さんの本を読んだ。これは読破できたし、

設計される建物もかわいらしくてすごく好きだ。

ついでに動画で見たご本人も親しみがあるな。

書かれている本の民俗学的な視点もとても好みだ。

 

安藤忠雄の展覧会を観に行った。すごい規模。

内容も建築もすごい圧倒されるとしか言いようがない。

別次元でなぜかそれ以上の感想までいけず、思考停止してしまった。

展示でなく若い(おそらく)建築系の学生が隅々まで熱心に見学しているさま。

それを目で追って、その方々が何を考えてどういう進路に進むのだろう?

考えることに神経が向かってしまった。

 

名もなき古い建物は好き。一般に古民家と呼ばれるようなものが特に。

格子ひとつでも、名もなき職人さんが時間をかけて

工夫してるさまが素晴らしくて。

意外と洒落っ気があったりしてすごい。

建物の建て方や地形に沿った「けもの道」ですらも、

とても好きで、ついつい見とれてしまう。

先日見た古民家は、60年前のもの。裏山から切りだした木で

その地域の大工さんたちがつくったらしい。

当たり前だったんだよねきっとこれが、と感動した。

 

 

あとは、建築設計をやっている人との思い出としては、

フリーになったころは、才能あふれるアトリエ系設計事務所の方々と

出会って仲の良い人もいた。

でも、私はなんか建築談義に花を咲かせられない人だった。

お話を聞いててすごいなぁと思うだけ。

 

そして、コンセプトをきちんとたててしっかりとした思想に基づいて、

こだわりぬいた建物を設計したことが、まだないと思う。

 

忙しさにかまけて、それを変えようと具体的に自分から動く行動力すらない。

自分は造作扉でなく既製品の扉を選ぶことが多いのも嫌になる。

だって施工業者から設計を依頼されて、外壁はこのメーカーね、

ドアはこのメーカーで選んでね、って決まってるから。

思考停止してるなと思う。

 

色柄を決めるだけならインテリアコーディネーターでも十分。

でも建物の構造や確認申請は建築士じゃないとできないから、

きっと頼まれるんだよね。。究極言うとそれだけのため。

そこでちょっといい感じのデザインと色が提案できたら褒められるくらいの立場。

それだけじゃあ、やっぱり嫌だ!

せっかく自由にできる立場なのに。何やってるんだ自分と思う。

 

なんだろう、、よくわからなくなってきたのですが、

歳とともに志向嗜好と自分のやりたい方向だけは、

ずいぶんと限定されてきたのかとは思う。

 

 

好きな仕事と向いている仕事

私はこの建築分野の中で「じぶんに向いている仕事」をつづけたい。

趣味と仕事が近くにいるような職業であるから、

これを生かしていきたいなと漠然と考えてます。

 

まずは自分の性格上、何年経っても公私混同してしまうのがなおらない。

これを受け入れて公私混同・趣味と仕事の近い状況、

これをいい方向に融合していくのが私にとっては一番いいのかもしれない。

 

そして、大きなコミュニティや大声でやんややんやと議論するのが

とても苦手であるところ。人前に立つのが苦手であるところ。

これは逃げでもあるのだが、私にはとってはとてもとても難しいのです。

精神的にもこれは避けていきたいのです。

 

でも、奥深くてまだまだ勉強中な建築知識をどんどん積める仕事がしたい。

80歳になってもいいから細部まで納得のいく建物がつくってみたい。

 

ただ、トラウマもあってお金を稼ぐベースがなければ先へ進めない。

まずある程度時間をかけて作った「もの」を

継続的に販売していくのができたらいいなと考えています。

 

いま売ろうと考えて準備している家具・雑貨がある。

それに合う空間と合わせてそれらの写真を撮り、

ネットで販売できたらいいなと思う。

そこで自分ひとりの人生、ベースとなるお金を、

きちんと稼げるようになりたい。

 

 

そして、それで自分の志向をわかってもらえて、趣味嗜好の合う方々と、

無理せずお互いにじっくりお話しながら、時間をかけて

オーダーメイドの建物を、つくっていけたらいいなと思う。

これが実現できるように、日々がんばりたい。

 

 

 

※はじめてのブログで、どうしてもうまくまとまらなかったにもかかわらず

この文章を公開した。誰かにとても添削してほしいです。

これがよい転機にできたらいいなぁと思っています。